福岡のフラメンコ教室&健康づくり教室「メ・グスタ・エル・フラメンコ(Me Gusta el Flamenco)」

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ブログ

若気の至り
道はちゃんと調べよう

スペインネタが続きますが、

 

数ヶ月の留学の間、

フラメンコのライブ(タブラオ)をたくさん観に行きました。

毎日どこかでやっているので、

いつもレッスンが終わって、家に帰ってシャワーを浴びて、

ご飯を食べて、また着替えて出かける、

みたいな生活。

 

ライブは開始時間がだいたい遅め。

帰る時間が夜中になることも多く、ちょっと、いやだいぶ怖いので

徒歩圏内の場合はいつも走りながら帰っていました。

 

近ければまだいいんですが、ちょっと足を伸ばして

劇場で行われるフラメンコを観に行くと、

帰るの電車の時間などをちゃんと調べておかないと大変です。

今みたいにスマホですぐ調べられる時代ではなかったので。

 

一度、マドリッド郊外に行った時のこと。

会場は電車の駅から結構離れたところ。ショーを観終わって

トボトボと友人と歩いて帰っていたのですが、

どうやら道を間違えていたようで、

ほぼUターンしなければならなくなりました。

 

気がつくと、終電の時間まであまり時間がなくなっている!

というわけで友人と猛ダッシュ!!

会場がちょっと丘の上だったせいで、

電気もそんなにない夜道をとにかく下り降りました。

ほんと、よく転ばなかったな、と思います^^;

 

ようやく駅のマークが見えた時はホッとしましたが、

ギリギリ間に合ったのに、さらに電車のホームも間違えてて、

危うく乗り過ごすところでした。

 

あれで、電車に乗れてなかったら、一体どうしてたでしょうね・・・?

周りにホテルがある風でもなかったし、

もしタクシーに乗ったら、相当お金がかかったと思います。

 

今思い出しても冷や汗ものです^^

スペインから帰国できなかった時の話②

前回からの続き・・・

フラメンコ留学からいよいよ帰国、という日に

飛行機が飛ばなくなってしまい、

5日間の足止めを食らってしまった私。

 

フラメンコスタジオでも、さよなら!と言ってきた手前、

また戻るのもなぁ・・・と思い、

そういえば、フラメンコのレッスンとタブラオばっかりで、

他のスペインの文化を知ろうともしてなかったことに気づきまして、

近場の美術館や、マドリッドから少し離れた観光地まで、

ザ・観光をすることにしました。

 

フラメンコ留学あるあるかもしれませんが、

スペインに行くと、時間がある限り、体力がある限り、お金と相談しながら、

1日数時間レッスンを受けて、練習し、夜はタブラオ三昧、と、

全てをフラメンコに費やしてしまいます。

スペインにしょっちゅう来れるわけではないですから、ここぞとばかりに。

 

そうすると、なかなか遠くに遊びに行ったり、ということができなくなる。

世界遺産も多くて観光資源がこんなに豊かな国なのに、

スペインを楽しむことができない!

 

いや、楽しんではいるんです、フラメンコにどっぷり浸かれますから。

でも、レッスンって戦いなんですよね。

楽しいけど、楽じゃない。。。

 

話が逸れましたが、飛行機の神様に与えられた5日間は、

フラメンコなしで過ごすことを決めたわけです。

 

バスでトレドまで行って、大好きなマサパンを買って行ったり、

プラド美術館や、ピカソのゲルニカが展示されているソフィア王妃芸術センターで、

丸一日美術作品をゆーーっくり鑑賞したり。

ちなみに私はソフィア王妃芸術センターのほんのすぐ近くに住んでいたのですが、

留学中一度も行っていませんでした^^;

(その前のスペイン旅行では行きましたけど)

 

完全にフラメンコを忘れて過ごした5日後、

空港に行った時に心のどこかで、

またCANCELEDになってないかなー・・・

と密かに思ったりしてしまいましたが、

無事に日本へ飛び立てたのでした。

 

貴重な数ヶ月のフラメンコ生活でしたねー。

 

 

 

 

 

 

 

スペインから帰国できなかった時の話①

この内容は前に所属していたスタジオのブログでも書いたことがあるので、

それを読んだことがある方は、温かい目で眺めてください(笑)

 

何度かスペインには行っていますが、これは約10年前の話。

(そんなに前になっちゃったんだー)

 

数ヶ月のフラメンコ留学でした。いよいよ帰国、となって、

前の日には、「元気でねー」なんて送り出されていたのですが、

感慨深く空港に着いてから、自分が乗る飛行機のフライト情報を見ていると、

 

CANCELED

 

何度見ても

CANCELED。

 

あんなにフライト情報を何度も見直したことはないくらい。

 

ちょうどその頃、アイスランドの噴火でヨーロッパのフライトが

とにかく混乱している時期でした。

例に漏れず、私が飛ぶ便もその影響があり・・・。

 

詳細を聞こうと、航空会社のカウンターに行くと、

一緒に乗るべきだった客が押し寄せており、

やんややんやざわついていました。

とりあえずその場所にいたら、何やら紙を配られて、

こっちに連絡しろ、みたいなことが書いてありました。

 

現地でのプリペイド携帯を持っていたので、

前日お世話になった日本人のお友達に電話して、

それから、実家に電話して。。。

お金がないので、クレジットカードで初めてのキャッシング。

 

そして、トボトボと地下鉄に乗って、

お別れを言ったはずのマドリッドの中心地へ。

 

お世話になった日本人の方の家に荷物を置かせていただき、

その方についてきてもらって直接航空会社に向かいました。

というのも、電話が全くつながらなかったからです。

 

会社に着くと、スタッフが一人で仕事をしていました。

電話が鳴りっぱなしだけど、出る様子もなく^^;

しばらく待たされて、例の紙を見せて、フライト日の変更をお願いしました。

 

翌日に出発できるだろう。。なんて簡単に考えていたのが甘く・・・。

一番早くて5日後だ、と。

 

え〜〜!!!お金ないしー!

 

自然が相手だから、5日後であっても確証はない、とも。

そりゃそうだけど、、、

 

結局、出発日までの5日間、

その日本人の方のお宅に滞在させていただくことになりました。

 

・・・

続きは明日!

 

-16℃、帽子は防寒具

両親と会えた私は、両親とともにホテルに泊まり、

翌日ナイアガラの滝ツアーに参加しました。

 

ツアーは日本人ガイドさんだったので色々説明してもらいましたが、

もうよく覚えていません–;

 

唯一覚えているのは、ナイアガラの滝に自ら飛び込んで、

生還した人や亡くなった人がいる、という話くらい。

 

もう一度見られるなら、今度はアメリカ側から見たいですねー。

 

その後、トロントへ移動。

 

トロントではツアーガイドさんと我々のみでした。

近代的な街でしたが、寒い!!

この時期の気温が-16℃くらいで、本当に耳を隠す帽子がないと

ちぎれそうになります。というか凍傷になるでしょうね。

 

カナダに行くまで、「帽子」というのは、

「オシャレとして身につけるもの」という感覚でしたが、

カナダに行ってから、私の中で完全に帽子は防寒具、という位置付けになりました(笑)

 

ちなみに、私が日本から持っていった厚手の上着は、カナダの寒さに全く耐えることができず、

語学学校に通っていた時は、しばらくホームステイ先のお母さんにダウンジャケットを借りて過ごし、その後、スキー用のジャンパーを買いました。

寒さに慣れてくると、-5℃くらいが「今日はあんまり寒くないね」という会話になるという。。

慣れって怖い(笑)

 

さて、話をトロントの戻して、、

当時は世界一高い展望台があるCNタワーはなかなかの見応えでした。

確か一箇所、床が透けているところがあって、乗るだけで

背筋がぞわっとする感覚がありました。

今のCNタワーは、とうとうタワーの外側を歩くツアーもあるそうですね!

 

残念ながら、トロントの思い出はCNタワーと寒かった、ということくらいです。。

 

その後、両親が帰国して、私は再びカルガリーに戻り(今度は飛行機)、

またバンクーバーまでバスで移動して帰国したのでした。

 

というわけでカナダ旅行編、終了!

だいぶ前のことでしたが、思い出すのも面白かったです。

 

また明日!

ケベックに行ってのお話

ケベック州は、フランス語圏。

カナダといえば自然が多くて、街並みもそんなに古くないのですが、

ケベックは雰囲気がガラリと違って、ヨーロッパな雰囲気。

文化を大切にしているんだなーと思います。。

 

そこに住んでいる先生に会いに行きました。

大学の研究室でお世話になっていた先生でしたが、

私がカナダに出発する日、偶然その先生もカナダに帰る日で、

空港でばったり会ったのでした。(ルートは違いましたが)

 

今からカナダに行く、という話をしたら、じゃあうちにおいでよー!

とお誘いいただいたので、2ヶ月後にお邪魔することにしました。

 

何日滞在したかは、もう覚えていないですし、

時系列がバラバラなのですが、

 

先生が務める大学の研究室を見せていただいたり、

湖でスケートさせていただいたり、

セントローレンス川を船で渡って、船が流氷をバキバキ割るのを見たり、

先生のご主人の実家でお父様が猟で獲った鹿肉のステーキを食べさせていただいたり、

そのご実家の裏山で、クロスカントリースキーで遊ばせていただいて、

家に戻ってくる頃に、温めたメイプルシロップを雪の上に流して、

飴を作って食べさせていただいたり(銀歯が抜けました^^;)、

マクドナルドでプティンを食べたり、

夜のクラブでお酒飲まされてベロベロに酔っ払ったり。

とにかくカナダならではのアクティビティをたくさん経験させていただきました!!

(最後のは違うか^^;)

プティンというのはフライドポテトにグレービーソースとチーズをかけたもので、

カナダのB級グルメ。美味しいです^^

 

ちなみに、この頃、フラメンコはもう始めていたのですが、お休みしていました。

 

というわけで次回はナイアガラ編!

「-18℃のナイアガラの滝」をお送りします。笑

 

 

 

78時間バスに乗った後の話。

前回の続き。。。

 

3日目バスに乗り続けて疲れきった体で、

調べていたユースホステルだったか、YMCAだったか、に歩いていきました。

もちろん予約はしていませんでした。

 

あれ、ドアが閉まっている。。?

 

ちょうど、出入りした人がいたので、話しかけたら、

 

ここは冬の間は休みだよ。

 

と。

 

なんですとーー!!!

 

orz。。。

ただでさえ重たいバックパックが余計に重くなる感覚。。。

 

途方に暮れながらも、とにかく今日泊まる宿を探さねばなりません。

当時はもちろん持ち歩けるパソコンも持ってないし、スマートフォンもない。

持っている情報源は「地球の歩き方」のみ。

 

とりあえず、ウロウロとホテルを探して歩きました。

高そうなホテルは避けながら。

 

そしてようやく一軒の良さげなホテルを発見!!

 

受付に行って「シングルを一部屋」とお願いすると、

 

シングルは満室、

キングサイズの部屋は空いていると。

 

寝不足&歩き疲れてかなりヤケクソになっていた私は、

今日はご褒美じゃ!!と自分に言い聞かせて、そこに泊まることにしました。

記憶が正しければ90ドルくらいだったかと思います。

 

今考えてみると、もしかしたらシングルは空いていたのかもしれません。

こういうのは日本人あるあるで。。。

 

部屋に入るとキングサイズのベッドはさすがにデカイ!

 

こうなったら、贅沢してやる!!

 

と、3日ぶりのお風呂は、シャワーで終わらず、

わざわざお湯をためて浸かりました。(翌朝もw)

 

寝心地は覚えてませんが、

もちろん爆睡!だったと思います。

 

翌日、ホテルのレストランで簡単な朝食。

と、急に停電。

 

私が前日に、電気を使いすぎたからか??

 

なんて密かに反省したりして(笑)

 

そして!ケベックに向かうべく、またバスに乗り込みました。

 

もうバスで3時間なんて、あっという間(笑)

 

次回はケベック編w

 
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